代表取締役社長 鈴木信夫のブログ

清成忠男先生へのレクイエム

 

過日、清成忠男先生の葬儀に参列して参りました。
経営学部の同窓会長であり、清成忠男先生の同窓会長である三海先輩と、友人である白石君のご厚意で他大学の卒業生にお関わらず「ほぼゼミ生」という特別枠で、友人達と参加させて頂いた次第です。とても、明るい感じの葬儀で、友人達と共に、改めて「先生に教わる機会を得た事の素晴らしさ」について語り合うことができました。

心からご冥福をお祈りします。

 

 

法政大学元総長 清成忠男先生お別れの会について(法政大学HPより)
https://www.hosei.ac.jp/info/article-20241030092545/?auth=9abbb458a78210eb174f4bdd385bcf5

 

清成先生の偉業については

 

清成忠男WIKI
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%85%E6%88%90%E5%BF%A0%E7%94%B7

調べると沢山出て参りますので、そちらに譲ると致しまして先生へのレクイエムを書きたいと思っております。

 

私が、清成先生と初めてお目に掛かったのは、大学3年生の時だと思います。「法政大学清成ゼミ」の皆さんとの合同ゼミでした。
清成先生から当時学部長だった「中村秀一郎先生」に「交流の打診」のお声がけががあって、中村先生が学士のゼミをお持ちで無かったので、私たち「多摩大学柳孝一ゼミ」へとお鉢が回ってきたからです。葬儀の時に初めて知ったのですが、当時「清成ゼミの面々」は「他流試合」望んでおり、軽く捻るつもりで、声を掛けていたそうですね?何れにしても、素晴らしい機会を頂きました。清成先生は、中村秀一郎や平尾光司先生達と共に中小企業研究の中で「ベンチャー企業」や「中堅企業」という概念を世の中に送り出したことは、中村秀一郎先生の授業で存じ上げておりました。中村先生と同じように、砕けた感じの先生を予想していたのですが、全く違ったのを覚えています。

 

兎に角、殆ど学生達のプレゼンや議論をただひたすら聞いている(最初は、寝ている?とおもっていました)そして、最後にコメントを為さるときに、学生の意見等を「けちょん、けちょん」にする。今までの議論や内容をひっくり返す事も当たり前で、完膚なきまでに論破したり、私たちが知らないような事実や事象を説明してくださる。正に「知の巨人」と、言った感じでした。その後、初期のETIC(https://etic.or.jp/)への参加や、常葉大学浜松大学坂本光司ゼミ(当時)との合同合宿など、本当にゼミの皆さんとは、一緒に勉強させていただきました。

 

その後、社会人となり、家業を継ぐ事となった後には、清成ゼミのOB会や記念行事にも、一緒に勉強した仲間や、ゼミの先輩のご厚意で参加させていただくようになりました。
先生の理事長就任や退任パーティーやその他諸々、その後、清成ゼミのOB会に、何回か参加させて頂きまして、沢山の思い出がございます。池袋の白雲閣で開催されたOB会後に

「オヤジ狩りというのを経験したいから、そこら辺にいる若い奴に声を掛けて来い!」

という無茶なオーダーを受けて、カラーギャングに片っ端から声を掛けて回ったこと。

 

「飲み足りないから、二次会の場所を探してこい!」

という指示で、それなりの人数が入る居酒屋を求めて、友人達と大学周辺を走り回った事など、参加するには「相応の胆力が必要なOB会」であった事を覚えて居ります。

 

また、ご著書「学の軌跡」ご紹介されている「中村秀一郎先生は、20代のころ”日本共産党の最左翼”と目され、マルクス経済学研究の「バイブル」とまで言われた本を著しておられたが、実態調査を丁寧に重ねて、「中堅企業論」にたどり着いた。そして、私達(清成先生)と出会い、研究が重ねられて、最終的に”ベンチャー・ビジネス論”と言う形に昇華した」というエピソードを講演で話されていた時には本当に驚きました。初めて聞いたお話しでビックリしたのですが、中村秀一郎先生の社会に対する強烈な問題意識が、冷静に社会を見つめることができる清成先生と出会い、世の中をひっくり返すような理論を作り上げる原動力に成ったのだと、驚かされた次第です。

 

清成先生に初めて直接長くお話しさせて頂いたのもOB会でした。ホテルオークラでのご講演後二次会の開場でした。恐縮しながら自己紹介を致しますと「知ってるよ、柳さんの所の鈴木君だろ?」と、名前を覚えて頂いてくださってまた恐縮。そして友人達が気を利かせて私が社外取締役を拝命している当時、一緒に勉強していた他大学の友人の名前を出したところ「どういうつながり?」と、興味を持って頂いて友人の会社や自分の近況をお話しできた次第です。最後にその創業者である友人に「エールを送っている」と言付かった事を忘れません。今回の葬儀にもその友人も一緒に参加していたんですよ。

私は、現在家業の町工場を継いで居り、清成先生の提唱された「ベンチャー・ビジネス」にはほど遠い生活を送っておりますが、辛いときには「私は”ベンチャービジネス学徒”の一人である」事を思いだし、日々精進しております。いつか、天国で清成先生にお会い出来たら、今度は、自分の事で褒めて頂ける経営者になりたいと、考えて居ります。

 

ご指導を頂きまして、本当にありがとうございました。
御恩は一生忘れません。

ご冥福を心からお祈りしております。

 

千代田第一工業株式会社
鈴木信夫

追伸、、、、、清成先生が審査委員長をされている賞を受賞したんですよ!と、報告したら「沢山有るから覚えていないけど、頑張っているんだな?」言われたことも忘れません(笑)

 

 

 

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